【定期健康診断】受診拒否する従業員に対する工夫と対策

定期健康診断は事業主の義務となっています。

それにもかかわらず、受診を拒否する従業員が少なからずいます。

この記事では、定期健康診断の受診を拒否する従業員に対して、どのような工夫と対策をすればいいのか、長年にわたり衛生委員会を運営した経験のある社会保険労務士が解説します。

定期健康診断は強制できるのか

まず前提として、定期健康診断は事業主の義務となっています(労働安全衛生法66条1項)が、嫌がる従業員に受診を強制することはできるのでしょうか?

労働安全衛生法66条5項では「労働者は、前各項の規定により事業者が行なう健康診断を受けなければならない。」とあり、原則として労働者は定期健康診断を拒むことができません。

労働者は定期健康診断を自身の健康維持のためと考えがちです。しかし、事業主にとっての定期健康診断は、労働者に対する安全配慮を担うために法的に課せられた義務です。

定期健康診断の目的をはき違えないよう、従業員にはその旨を事前に説明しておくといいでしょう。

なぜ受けたがらないのか?理由別から考える工夫の仕方

では、従業員はなぜ定期健康診断を受けたがらないのでしょうか?

受けたがらない理由はいくつかのパターンに分けることができます。

理由別に、工夫の仕方についてみていきます。

健康診断自体が嫌

健康診断自体が嫌だという人は、採血が嫌、という人がほとんどです。

採血が嫌な理由として、

  • 採血すると気分が悪くなったり、倒れてしまう
  • 血管が細いなどの原因で、採血に時間がかかってしまう

などがあります。

確かに、採血で気分が悪くなったり、倒れてしまう人は一定数います。

そういった人には、ベッドに横になって採血できるようにすることをおすすめします。

定期健康診断の検査項目には、心電図があり、健診の際には目隠し付きのベッドが用意されています。採血が苦手な従業員に対しては、この心電図用のベッドを利用し、横になって採血できるよう病院側と交渉しておくといいでしょう。

また、血管が細いなどの原因で採血に時間がかかってしまう、という人は、採血の順番を最後にしてもらったり、他の人との順番を入れ替えるなどの配慮をすると、本人の精神的負担が軽くなるようです。

他にも採血では、「針が怖い」「痛いのが嫌」という人もいます。これはどうすることもできないのですが、「怖がっているところを他の人に見られたくない」という気持ちもあるようです。そのため、気分が悪くなったり倒れてしまう人と同じように、目隠しされたベッドで採血することによって、人目を避けることはできますので、横になって採血することをすすめてみてもいいでしょう。

会社が指定した病院が嫌

会社で指定した病院が気に入らない、などの理由で、定期健康診断を拒否してくる従業員がいます。

そういった従業員は、「いまどき、こんなやり方で検査している病院はない」とか「この数値でこの判定は甘すぎる」、などと検査の方法や結果の数値などを指摘し、「こんな病院で定期健康診断など受けても意味がない」と主張してきます。

この場合は、従業員の意思に寄り添う姿勢を見せつつも(確かに病院によって、検査項目の判定基準などが異なることはあります。また、検査の対応が良くなかった、ということもないとは言えません)、定期健康診断は従業員だけのためではなく、あくまでも従業員の健康状態を会社が把握するための機会だということを十分に説明し、理解を求めましょう。

このような従業員の中には、会社の指示に従いたくない、何か言わないと気が済まないというだけの人もいます。病院が気に入らないのではなく、会社に抵抗するための単なる口実に過ぎないという場合です。

その場合は、定期健康診断を拒んだことにより、病気の発覚が遅れ、それがのちに労災と判断された場合でも、本人に対する補償の過失相殺がなされる場合があり、定期健康診断を拒否した本人にも不利益を被ることになることを、併せて説明しておくと良いでしょう。

会社に結果を見られたくない

健康診断の結果は、個人情報の最もセンシティブな内容であり、取り扱いには十分注意しなくてはならない情報です。

自分の情報を他人に見られたくない、という気持ちは十分汲むべきでしょう。

見られたくないという理由には、大きく分けて二つあるようです。

一つは、会社に病気を知られたくない、という場合です。定期健康診断では、問診票に既往症を書かせたり、医師の問診の際に持病を聞かれ、結果票に記載されます。ここで、現在かかっている病気、もしくは過去にかかったことのある病気を知られることで、自身の人事に影響するのではないか(出世に響くなど)、と心配するようです。

もう一つは、体重などの体形に関わる数値を見られたくない、というものです。

定期健康診断項目には生活習慣病予防の観点から、体重や腹囲、中性脂肪など、体形に結び付くような項目がいくつかあります。体形を気にしている人は、このような数値を他人に見られてしまうことに、強い抵抗を感じるでしょう。

健康診断の結果を見た人から、体形をからかわれたり、特に女性に関しては、セクハラめいたことを言われる被害もあるのは事実です。

実際、労基署にも健康診断の結果を見られたくない、という相談が寄せられることも少なくないようです。

いずれにせよ、他人に健康診断の結果を見られるということに、あまり良い感情を持っていない人がいるということを念頭に入れておくべきです。

なお、2019年4月から「健康情報取扱規程」の策定が義務化されています。この規程の中では、従業員の健康情報を取り扱うことのできる人やその権限を定めることが必要となっています。

参考:「事業場における労働者の健康情報等の取扱規程を策定するための手引き」(厚生労働省)

このようなことを踏まえて、結果を見ることができる人(衛生管理者など)やその権限、保管先や保管方法をあらかじめしっかり決め、定期健康診断の際には十分周知し、日頃からも公表しておくことで、従業員の不安を少しでも解消しておくといいでしょう。

病気が発覚するのが怖い

先にも述べましたが、定期健康診断の趣旨は労働者の病気を見つけるためではなく、あくまでも会社の義務であり、リスク管理のひとつでもあります。

従業員の健康状態は、従業員の労働環境が適切か、今のままの部署で働き続けられるのかを見きわめるための情報です。労災が起こらないように、早い段階で従業員の健康上の問題を発覚させるためであることを十分に説明しましょう。

何度も繰り返しますが、定期健康診断はあくまでも従業員本人のためだけではなく、会社が従業員の健康状態を把握するためですので、それを理由に断ることはできない、ということを周知することが必要です。

事業主としての対策

定期健康診断は一斉に受診してもらう

労働安全衛生法66条5項では、「ただし、事業者の指定した医師又は歯科医師が行なう健康診断を受けることを希望しない場合において、他の医師又は歯科医師の行なうこれらの規定による健康診断に相当する健康診断を受け、その結果を証明する書面を事業者に提出したときは、この限りでない。」とあります。

つまり、自身が受診した健康診断の結果を提出すれば、会社で実施する定期健康診断を受診しなくても良い、ということです。

一方、50名以上の事業所は、定期健康診断の結果を産業医から意見をもらい、労基署に提出しなければなりません。さらに、衛生委員会にも報告します。産業医の意見により、従業員の配置転換が必要な場合も出てきます。

従業員の意思を尊重することも必要かもしれませんが、それを許してしまうと、会社側にはリスクが高まることもあります。

仮に、従業員に会社の定期健康診断と従業員が受診した健康診断の結果を提出することを自由選択させたとしましょう。その場合、従業員は好きな時期に健康診断を受診してくるため、結果は1年を通してパラパラと提出されます。当然、忙しさを理由に受診しない従業員も出てくるでしょう。全員の結果を待っていたら、いつになっても労基署に結果を提出することはできません。

また、万が一、従業員が肺結核などの感染症にかかっていた場合には、病気の発見が遅れ、他の従業員にうつしてしまうというリスクも高まります。職場の安全衛生管理としては、あってはならないことです。

特に、従業員以外の人が出入りするような職場であれば、さらに被害を拡大してしまう恐れもあります。

会社が一斉に定期健康診断を受診させることによって、毎年同じ時期に、一斉に健康情報を集めることが大変重要です。

選択肢をもうけ、寄り添う姿勢もみせる

会社が設定した定期健康健康診断の日にどうしても休まなければならない、もしくは出張が入ってしまった、ということはあります。その場合は、別の日に病院で受けてもらうといいでしょう。

その場合、日程の調整などは従業員に任せず、必ず実施する会社側で調整します。

できれば、勤務時間内に出張扱いで行かせて旅費も払うなど、必ず受けてもらえるよう、会社が体制を整えることも大切です。

ただ、個人の事情でどうしても受けられない、もしくは受けたくないという場合はあります。

筆者が経験したケースでは、ガンの放射線治療をしている従業員から「毎週のように採血や点滴を受けていて、どうしても健康診断を受けるのが苦痛である。今回は勘弁してほしい」という申し出があったものです。

その従業員に関しては、治療による休暇を取るために診断書も出されていて、会社で健康状態を把握できている状態でした。さすがに、この状況で定期健康診断を強制するのは本人にとって負担だろうということで、その年の定期健康診断は見送りました。

いくら義務とはいえ、事情によって強制はせず、従業員に寄り添う姿勢を見せることも大切です。

就業規則に盛り込む

会社側が様々な工夫をし、できるだけ配慮を示しても、それでも抵抗する従業員はいるものです。そういった従業員は、やはり「何か隠している」のか、という疑念が出てきます。

ある職場で、定期健康診断を数年にわたり拒んでいた従業員が、薬物で逮捕されるということがありました。定期健康診断を拒否していたのが、薬物を使用していることを隠すためだったのか、理由は定かではありませんが、会社側が様々な工夫や譲歩をしてでも、断固として受けない、というのであれば、会社側としては対策を立てざるを得ません。

こういったリスクを回避するためにも、定期健康診断を正当な理由なく受診しない場合は、懲戒処分にする、ということを就業規則に盛り込んでおくことは必要でしょう。

いきなり厳しい処分はできないにしても、何度も拒否する場合には、会社に安全配慮義務があることを盾に、健康診断を受診しない場合の懲戒規定を就業規則に入れておくことをおすすめします。

まとめ

  1. 定期健康診断の目的は、会社の義務とリスク管理である
  2. 採血を嫌がる人にはベッドで受けてもらうなど、できるだけ工夫をする
  3. 健診を拒否してのちに労災につながっても、拒否した本人に不利益になる場合があることを説明する
  4. 定期健康診断は毎年同じ時期に一斉に行うのが鉄則である
  5. 強固に拒否する場合には、懲戒処分とする規定を就業規則に盛り込んでおく